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日本伝統俳句協会 |
【秋山白兎俳句集】
『居酒屋奇人伝』に曰く、「秋山白兎、名ヲ忠義、字ハ維新、樵翁ト号ス。駿州ハ安倍郡美和村ノ産。土木世話役ヲ渡世トス。年来、安倍川河畔桜町ニ居住ス。山賎ノ末裔ニシテ風狂ノ徒ナリ。山菜採取ニ異能ヲ発揮ス。品性下劣ニシテ放屁脱糞所構ワズ、厚顔無恥ノ輩ナリ云々」と。
山間の貧農に生まれ、満十八歳と八日目からの土方稼業である。骨の髄まで土の匂いが染みついていることだろう。喰う為に働き、働く為に酒を飲んだ。酔っては眠り、醒めては働き、また飲んでは酔う。この単純な反復で五十の歳を超えた。風流心などは微塵も持ち合わせていない。況や俳句などとは凡そ無縁の半生であった。
土方と俳句は元々相性が良いようだ。かの俳聖、松尾芭蕉も伊賀上野から江戸へ出てきたばかりの頃には神田上水の水役（現場監督）をしていたとか何かの折に読んだ記憶がある。秋山白兎も現場監督の端くれである。住まいは連歌師、柴屋軒宗長ゆかりの東海道鞠子宿に近い。酒を飲めば山頭火の如く泥酔し、啄木よりも多く転職し、葛飾北斎に真似て転居を繰り返した秋山白兎だ。これで俳句の一つも捻れなかったとしたら情けない限りである。
秋山白兎は生来饒舌である。軽佻浮薄なお喋り野郎ではあるが、いざ俳句を書くとなると中々上手くいかない。なにせ俳句は五・七・五の十七音だ。酔った勢いの法螺話とはいささか訳が違う。喋り過ぎては十七音に収まらない。かといって無闇に省略すれば意味不明となる。俳句は言葉の「省略」では絶対に出来ない。簡潔明瞭ながらも確固とした語彙の「構築」が俳句を作ると云うことであろう。
俳句を云々する前に先ずは正しい日本語と文法を学ばなくてはならない。怪しげな静岡弁を喋り、危なげな卑語を連発していたのでは俳句など出来よう筈がない。そして歴史、風俗、草木蟲魚、鳥獣、天文、気象等々、歳時記を読めば覚えねばならぬ事が余りにも多い。やっぱり俳句は難しい。
季語。切れ字。仮名遣い。俳句のド素人が理屈を捏ねてみても始まらない。ならば「習うよりも慣れろ」の俚諺に従い兎にも角にも俳句らしきものを吐いてみた。ここに未熟な句ではあるがインターネット俳句会に投句した句を主体に春夏秋冬の数十句を掲載する。斯道の先達並びに同好諸兄の一瞥を仰ぎたい。
【春の句】
摘草の青き余香の指笛す （インターネット俳句会１４年２月投句）
百川の噺の慈姑好みけり （インターネット俳句会１４年２月投句）
風塵や虚しき凧の逆落し （インターネット俳句会１４年２月投句）
風車回せば靡くうなゐ髪 （インターネット俳句会１４年２月投句）
酒に倦み紙風船を孕ませる （インターネット俳句会１４年２月投句）
玉箒ちびちびふぐり落しけり （インターネット俳句会１４年３月投句）
恋猫のまぎれし闇をなほ諭す （インターネット俳句会１４年３月投句）
春驟雨言葉尽さず別れけり （インターネット俳句会１４年３月投句）
菠薐草浸しみどりを湯に余す （インターネット俳句会１４年３月投句）
暦法を犯し三月引き延ばす （インターネット俳句会１４年４月投句）
かりそめの恋はすまじき沈丁花 （インターネット俳句会１４年４月投句）
沖に釣る船慕ふなり春鴎 （インターネット俳句会１４年４月投句）
父に似て負けず嫌ひの凧揚る （インターネット俳句会１５年２月投句）
雪椿畢竟恋は秘め難し （インターネット俳句会１５年２月投句）
花うぐひ百魚歳時記愛読す （インターネット俳句会１５年３月投句）
惜別のメール交して卒業す （インターネット俳句会１５年３月投句）
花に酔ふ至福のときも人は老ゆ （インターネット俳句会１５年３月投句）
春泥の轍に歩幅乱しけり （インターネット俳句会１５年３月投句）
花伝書を閲す浅間祭かな （インターネット俳句会１５年４月投句
微塵にも黒き影あり日脚伸ぶ （インターネット俳句会１９年２月投句）
蝋梅のほつえの先の空深し （インターネット俳句会１９年２月投句）
落椿赤を極めて黒味帯ぶ （インターネット俳句会１９年３月投句）
石蹴りの白線流す春の雨 （インターネット俳句会１９年３月投句）
人を待つ片とき愉し夕ざくら （伝統俳句会１９年４月・山本素竹選）
【日本伝統俳句協会・山本素竹氏選評】
誰を待つかによって読者の楽しみ方がかなり変ってくるのですが、それは置いといて。
花とは関係のない待ち合わせのようです。その場所にたまたま夕桜。本来なら人を待ったりするのは好みませんが、今日はできるだけ遅れてきてもらいたいくらい…。人を待つという揺れる心を通して、夕桜が美しく描かれています。
片とき…と軽く、楽し…と言わず愉し、そして夕桜でなく…夕ざくら…。気持の行き届いた句です。ベテランと思いますが、いやみのない叙しぶりに好感が持てます。ステキな女性が目に浮かびます。
田螺和へ大吟醸の封を切る （インターネット俳句会１９年４月投句）
暁の舳先を競ふ白子船 （伝統俳句会１９年８月山田弘子選）
あれやこれ許し赦され卒業す （インターネット俳句会２０年３月投句）
外房の海鎮まらず真砂女の忌 （インターネット俳句会２０年３月投句）
蒲公英や詩友は北の町に住む （インターネット俳句会２０年３月投句）
鼻唄も春めくものの一つかな （インターネット俳句会２０年４月投句）
たたなづく木曽の檜山も霞みけり （インターネット俳句会２０年４月投句）
春一番艫綱きしむ船溜り （伝統俳句会佳作入選３０年２月田丸千種選）
捨てられもせずに生簀の菜種河豚 （三省堂刊 『虚子編 新歳時記 増訂版』掲載）
【夏の句】
資本論嘯く雨の夜の麦酒 （インターネット俳句会１３年６月投句）
日雇婦蛍袋を刈り残す （インターネット俳句会１３年７月投句）
骨酒の岩魚の後生願ひけり （インターネット俳句会１３年７月投句）
冷し酒老嬢恋を嚥み下す （インターネット俳句会１３年７月投句）
居酒屋の壁に貼り出す夏料理 （インターネット俳句会１３年８月投句）
兜虫愚直の糸を張り通す （インターネット俳句会１３年８月投句）
日雇の髪膚苛む炎暑かな （インターネット俳句会１３年８月投句）
砂ずりの塩焼きで喰ふ初鰹 （インターネット俳句会１４年５月投句）
日雇の雨の芒種は鼻毛抜く （インターネット俳句会１４年５月投句）
鬼ころし鰹は土佐に叩くべし （インターネット俳句会１４年５月投句）
指笛の唇渇く麦嵐 （インターネット俳句会１４年６月投句）
日雇の汗を償ふコップ酒 （インターネット俳句会１４年６月投句）
壁鏡酌婦眉引く虎が雨 （インターネット俳句会１４年６月投句）
塵外に蚯蚓の渇く日なりけり （インターネット俳句会１４年６月投句）
短夜の夢に流離の雨を聴く （インターネット俳句会１４年６月投句）
日雇に生きる証しの汗臭ふ （インターネット俳句会１４年７月投句）
冷麦の紅き一縷を啜りけり （インターネット俳句会１４年７月投句）
海山に遠き市井の大暑かな （インターネット俳句会１４年７月投句）
天城嶺が雲とまぐはふ脂照り （インターネット俳句会１４年７月投句）
お薦めの叩きに鯵を見繕ふ （インターネット俳句会１４年８月投句）
納経の真言に墨滲みけり （インターネット俳句会１４年８月投句）
宵閻魔日雇渡世邪心なし （インターネット俳句会１４年８月投句）
茄子漬けて糠味噌女房堂に入る （インターネット俳句会１４年８月投句）
うぶすなの祭太鼓は臍で聴く （インターネット俳句会１４年８月投句）
秘めやかに引墨匂ふ梅雨の文 （インターネット俳句会１９年５月投句）
鰹船潮替節を唄ひ継ぐ （インターネット俳句会１９年５月投句）
賽の目が背く卯の花腐しかな （インターネット俳句会１９年５月投句）
母の日も知らず飯場を流れけり （インターネット俳句会１９年５月投句）
黴臭き大言海に遊びけり （インターネット俳句会１９年８月投句）
帰省子の迷彩服を濯ぎけり （インターネット俳句会１９年８月投句）
貧相の掌も染め梅を干す （インターネット俳句会１９年９月投句）
後逸の白球捜す蛇いちご （インターネット俳句会２０年５月投句）
日の丸の旗翻す青嵐 （インターネット俳句会２０年５月投句奥村里選を受ける。）
短夜の夢に故郷の橋渡る （インターネット俳句会２０年５月投句）
風鈴に触るゝは誰が魂魄ぞ （インターネット俳句会２０年６月投句）
【日本伝統俳句協会・岩岡中正氏選評】
風鈴にかすかな風が来てふれたという、きわめて繊細な情景なのだが、表現は、その思いの丈（たけ）を一気に吐露して力強いものがある。「誰が魂魄ぞ」に切々たる思いがこもっていて、作者の脳裏には誰か具体的に忘れ得ぬ故人や遠方の人がいるにちがいない。その思いの丈は、風鈴「に」と軽く抑えて、「触るゝは」と静かに展開して、「誰が魂魄ぞ」と高らかに宣言する、一句のドラマティックなしらべにも十分現われている。思いが深ければ、しらべもおのずと、これに沿うものなのである。
この句の楽しさは、従来の「風鈴」の季題一般の趣きを、さらに拡大した点にある。つまり、これまで「風鈴」といえば軒端に吊って季節感を楽しむところに情趣の中心があったが、この句では、風鈴の風を通して思う人の魂が伝わるという、一種のコミュニケーションとしての風鈴の情が詠まれている。
季題の幅を広く広く試みることがいま必要であり、これこそが写生の本義である。それにしても、この句の「触るゝは誰が魂魄ぞ」と言い放つ元気と若々しさを、心からうらやましいと思う。
白玉や駿河は水の佳きところ （インターネット俳句会２０年６月投句）
朝市の婆が商ふゆすらうめ （インターネット俳句会２０年６月投句）
冷酒や酔へば昭和の歌ばかり （インターネット俳句会２０年６月投句）
滴るや眉目幽かな磨崖仏
（インターネット俳句会２０年７月投句大輪靖宏選を受ける。）
腹の底見せぬ男にビール注ぐ （インターネット俳句会２０年７月投句）
滑稽も過ぎれば哀し羽抜鶏 （インターネット俳句会２０年７月投句）
夏木立迦葉天狗と遊びけり （上州諷詠掲載句）
海道に古き湊の荒祭り （山形市十日町商店街俳句コンテスト）
望郷の夢はモノクロ山法師 （インターネット俳句会２２年５月投句）
紫蘇揉んで生命線を際立たす （インターネット俳句会２２年６月投句）
石が泣く小夜の中山青しぐれ （インターネット俳句会２２年６月投句）
ごきぶりを殺した妻と閨にゐる （インターネット俳句会２２年８月投句）
【秋の句】
苦瓜の話し弾めり島育ち （インターネット俳句会１３年８月投句）
心経看経七遍原爆忌 （インターネット俳句会１３年９月投句）
骨肉と謂ふしがらみの墓洗ふ （インターネット俳句会１３年９月投句）
太刀魚の段平下げて釣師笑む （インターネット俳句会１３年１１月投句）
竿頭の蜻蛉呪法に金縛り （インターネット俳句会１３年11月投句）
土方衆盗人萩の実を纏ふ （インターネット俳句会１３年11月投句）
馬塞堅く厩に醸す濁り酒 （インターネット俳句会１４年９月投句）
地芝居の一芸に名を高らしむ （インターネット俳句会１４年９月投句）
糟糠の妻に請はれて胡麻を擂る （インターネット俳句会１４年９月投句）
月餅の餡の胡桃をこぼしけり （インターネット俳句会１４年１１月投句）
荒縄を男結びに稲木組む （インターネット俳句会１９年１０月投句）
勘当の解けぬ身ながら墓洗ふ （インターネット俳句会２２年８月投句）
猫車ぬすびと萩の花散す （インターネット俳句会２２年９月投句）
安倍峠霧は身延の峪へ落つ （インターネット俳句会２２年１０月投句）
せがまれてどんぐり独楽の孔穿つ （インターネット俳句会２２年１０月投句栗林眞知子選を受ける）
焼酎に酔はせて柿の渋を抜く （インターネット俳句会２２年１１月投句）
猿泣かせとは如何ほどの渋柿ぞ （インターネット俳句会２２年１１月投句）
石積みの穴太ノ里の芋水車 （インターネット俳句会２２年１１月投句）
【冬・新年の句】
日雇の過去を焚火が炙り出す （インターネット俳句会１３年1２月投句）
沖へ去る船慕ふなり冬鴎 （インターネット俳句会１３年1２月投句）
老麺を啜る猫背の息白し （インターネット俳句会１３年1２月投句）
極月の街に債鬼と擦れ違ふ （インターネット俳句会１３年1２月投句）
降りしきる雨にかこつけ生姜酒 （インターネット俳句会１３年1２月投句）
焼鳥や酒に肝腎省みず （インターネット俳句会14年1月投句）
双六の賽も火宅に転ぶなり （インターネット俳句会14年1月投句）
兎罠図星の首尾に北叟笑む （インターネット俳句会14年1月投句）
初夢の淫らに過ぎて口噤む （インターネット俳句会14年1月投句）
焼藷を包む紙面に株価落つ （インターネット俳句会14年1月投句）
半眼の猫も時雨を聴きゐたり （インターネット俳句会14年1２月投句）
日雇の枯野に晒す矜持あり （インターネット俳句会14年1２月投句）
鮟鱇の顎の白骨嗤ひをり （インターネット俳句会1５年1月投句）
岩礁を沖に列ねし枯岬 （インターネット俳句会1５年1月投句）
日雇の稼ぎを削り雪積もる （インターネット俳句会1５年1月投句）
日雇の愚痴が焚火にほむら立つ （インターネット俳句会1５年1月投句）
海鼠噛む己が歯音に聞惚れぬ （インターネット俳句会１９年1月投句）
冬かもめ風待船を呼ぶごとし （伝統俳句会１９年２月・坊城俊樹選）
空っ風上州女情深し （インターネット俳句会２２年1２月投句）
冬かもめ天浜線は湖に沿ふ （インターネット俳句会２２年1２月投句）
伊達男ポインセチアを抱いて来る （インターネット俳句会２２年1２月投句）
★ ここまで読んで頂いた方には心より敬意を表します。
★貴方は大変辛抱強い性格の持ち主です。宜しかったら他のページも是非覗いてみて下さい。
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